共有できない無念さの行く先
私は歌とか音楽とか
そんなに聞くほうではないけど
それでもやっぱり
感情移入したり
辛かった時にしがみついたり
幸せを存分にかみしめたり
想い入れの強い曲はあります
その曲たちが
仕舞われていた当時の自分の感情を
ぶわぁ〜っと蘇らせてくれて
何とも言えない
心地よい余韻に浸れたりします
けれど
今日はそうじゃありませでした
(もう昨日ですね)
耳に入ってくるほどに
苦しさが溢れてしまいました
音楽って
その人の人生に深く関わって
こんなにも心に刻まれるものなのに
三女と一緒に
楽しむことができないんだな...
ママ、この曲大好きなんだ♡
そんなごく自然な言葉さえ
無意識のうちに封印していることに
気づきました
だったら
何か他の方法で楽しめばいいんじゃない?
そう思おうとしましたが
想いの強いものを
他の何かにとって変えたら
それは全くの別物になってしまいます
どんなに考えても
どうしようもないからと
三女い〜っぱいの
カメラロールに没頭していたら
2年前・・・1歳10ヶ月頃
ハイハイデビューや
あどけなさ残る三女にたどり着いて
思わずほっこり♡
補聴器も
コード式のベビータイプから
耳かけタイプにチェンジしたのも
ちょうどこの頃だったみたい
懐かしいな♬
そう言えば
今日は新しいイヤーモールドができる日
また補聴器頑張らなくちゃ
そんなコトをふわっと考えながら
三女とたわむれていました
そしたら三女
クローゼットにしまってある補聴器ケースを
んっんっ!!
って指差し
取って♪とおねだり
お望み通りにすると
補聴器を取り出して
耳をツンツン
今度は付けて♬とおねだり
付けてあげると
颯爽と鏡に向かって
どうかな?って
って生意気げにチェックしてました笑
これは幸先い良いのかも(๑˃̵ᴗ˂̵)
って都合よく解釈していたら
なんとパクっ!!
ぎゃーーー!!
補聴器こわれるだろーがっ(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
一転
あっという間に前途多難
(((ρT-T)ρオヨヨ
それにしても...普段は
補聴器のほの字の素振りも見せないのに
今日に限ってなぜ??
人の心なんて
真意なんて
誰も読めるはずないのに!
三女には
私の心がすべて見えているの!?
心のうちという
目には見えないものを
三女の一部でもある
形のある補聴器をとおして
私にこう伝えてくれました
ママ!
ママが大好きな曲
ちゃ〜んと知ってるよ♡
あたちも大好きよん
٩(๑′∀ ‵๑)۶•*¨*•.¸¸♪
って。
本当に不思議な子(*˘︶˘*)
あったかい子
ありがとっ♡
今度一緒に聞けそうです♬
0コメント